英国人の親子

 第一試合には、まだ1時間ほどあったと思う。歩道の柵に寄りかかり、反対側の歩道をオールド・トラフォード目指して歩く人の列を見ながらの食事を済ませた頃だった。閉鎖になったばかりの車道をやはりオールド・トラフォードを目指して歩く親子連れが我々の前を通りかかった。父親は質素な身なりの実直な英国人労働者風、7、8歳位の息子はマンチェスター・ユナイテッドのレプリカ・ユニフォームを着ている。親子は、我々の前で立ち止まると、父親が息子にマフラーを渡し、100mほど先に見えるオールド・トラフォードのイースト・スタンドの南側をバックに立たせ息子の写真を撮った。息子は、大変可愛らしいが、また、大変うれしそう。「あぁ、初めてオールド・トラフォードに来たんだぁ」と思いながら見ていると、父親が我々のほうに振り返ってカメラを差し出す。見るとレンズ付きフィルムで、自分たちを撮って欲しい様子。娘が柵を乗り越えてカメラを受け取って、オールド・トラフォードをバックに写真を撮ってあげた。父親も大変うれしそうで誇らしげ。サンキューと言いながら、我々に握手を求めてくる。最後には「Have a good match!」と言って、オールド・トラフォード目指して行った。左手にはうれしそうに歩く息子の手を持ち、右手にはボストンバックを下げている。「あぁ、彼等は遠方から来て、今日中に家路に着くんだぁ」と思いながら見ていると、娘が「今の、ボーダフォン・カップ・マフラーだったね」と言う。なんでも、その辺の露店で売っている4チームのマークなどが描かれた非正規品マフラーを彼女が勝手に呼んだものだそうだ。今日限りで用済みだから、もう相当安くなっているだろう。つまり、彼等は、今日がレッズとの試合であることを知っており、来る途中で4チームの名前が入ったマフラーを買い、初めてオールドトラフォードに来た遠方のファン、ということになる。それは、うれしいはずだ。大変うれしそうな息子と、それを見ること自体がうれしくて誇らしげな父親の姿が焼き付いている。
 マンUが出る第2試合が中止になって唖然とした後、最初に思い出したのは、あの親子だった。娘も同じだったようだ。彼らの落胆振りはいかばかりだっただろうか。我々は、またレッズの試合を観ることができる。しかし、あの親子には、マンUを観る機会は再びあるのだろうか。
〔2004/8/9UP〕
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〔2004/8/28追記〕
 英国遠征中、同行者以外と会話らしい会話をしたのは、ほかに2回だけ。いずれも目的を話したら呆れられた。一人は、乗り継ぎのフランクフルトからマンチェスターまでの機内で隣に座った中国人。香港の自宅から戻るマンチェスター大学2年生。MBAを目指しているとのこと。目的を聞いて、本当か、信じられない、と首を振る。サッカーにはまるで興味がないとのこと。もう一人は、中心地からホテルへ戻るバスの中で地図を睨んでいたら現在地を教えてくれた英国人。目的を聞いて、笑い出していた。
 あ、笑わなかった人もいた。市庁舎前のアルバート広場で話しかけてきたホームレス風のおじさん。ワールドカップで日本に行ったと言っていた。  ま、人、さまざま、ということだな。

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